第十二話「眇の魚」

だいたい、ギンコの六割五分くらいの容量の少年が、空を見てなにか大きな影に怯えているのだけれども傍らにいる母親にはそれが通じない。まるで信じない。
崖崩れに巻き込まれて母親を喪っても。泣きもしなかったよーな。
彼の見えている世界はどうも、異形のものであるらしいのですよ。


まあ、そのうちにわかるのですが、これはどうもギンコらしく。
実はどこまで行っても確証はなかったりするけどね。


むしろ、怪我をした少年を救う、ぬいという女が普段のギンコを思わせるかもしれない、口ぶりというか態度というか風貌。片目の、もう片方が緑に透けて、白髪。
ああそうか、ギンコはこういう姿なのだな、と思った辺り。
私は鈍いというよりかは、多分ディティールに無関心に近いのかしら。




今のギンコよりは少ぅし年嵩だろうか。
情に脆いよーにも見えない少年は、それでもその無愛想なぬいに懐く。
怪我が治ったら出て行け、と言われていて、けれどなんでだかそれをちゃんとは信じない。そもそも母親のことを思い返したりはしないのだろうか、それではまるで、蟲を通じてしか生きていないかのよーじゃないか。


ああでもけれど、同じ「世界」を見ていない人との会話は苦痛なこともあったな。
「今」のギンコは違うのだろうが。


それにしても、緩やかにだが時間の流れは狂ったことがないのに(化野センセー近辺でしかなかなかソレは把握できないが)、なんでなんの断りもなく時間が巻き戻ったのだかわからない。いや、ギンコという確証はあくまでもないのだが。
ないのだが、なんていうのかギンコが登場しない。




替わりに、近くの沼に≪常闇≫という蟲と。
常闇の中に棲まう≪ギンコ≫という蟲がいる。
ギンコの字はわからない、人間のは確かどこかで実際にカタカナで表記されていたことがあったような気もしないでもないが、銀狐、辺りだろうか?
なんとなく常闇とだと釣り合うような気もする。


どことなく、風貌はツリガネソウのようだったかな(植物プランクトンのアレ)(もうちょっと思い浮かべやすい例えを出せ;)。


まあどちらも、どうやらぬいが付けた名のようだ。
あ、いや、常闇は違ったのだったか。
ぬいは、前に聞ーた、ギンコなどとも同じ体質、蟲を一処に寄せその場に災いを呼び起こしてしまう。だから旅から旅へと、土地を移ろうのだけれども、彼女にはもともと家族がいたのだそーな。
だから、彼女は頻繁に一つの村に帰っていた。




んで、そこの友や家族が全て皆、ある時消えたという。


彼らは山の中で常闇に会って呑まれたのだと、なにも、そんな地を彷徨う定めを持った彼女の家族らでなくとも良かろうにと思うんだけれどね。
なんていうんだろうか、不公平?
なんだか見当違いのことを言っているよーな気もしないでもないが。うん。




だから彼女はその山の中の、沼の側。
常闇とギンコの傍らにいるのだと。
心のどこかで家族らが、戻ってくるのではないか諦められてないのだとぬいは言ったのだが、私はまあまるで信じていない、信じられない、同じところに「行こう」と思っていたのだとしか思えない。


常闇は人を闇の中に取り込むし、ギンコは光を放ち生き物の片目を喰らう。
沼の中は、片目の魚だらけだったりもする。
ぬいは、ソレらをけして「退治」しようとはしない。
もともと蟲師というのがそういう存在ではないのだろう。


ヨキというその少年は、沼を突き、なにか、どうしてか自分をここに置けないわけがあるのではないのかと探そうとする。ぬいの側にいたいのだろうね。
そーして、ほとんど最後の引き金が引かれることになってしまい。
ぬいは「あちら側」に取り込まれる。




そして少年も常闇に取り込まれ、≪ギンコ≫に照らされる。
影だけになり、体温をなくしたぬいが彼の手を引く。
「お前の目が向けられたところがとても温かい」と彼女は言う。
塵のよーに散って、彼女は家族らのところに行ったのだろう。


常闇から抜けるためには、名前を思い出すかなにか新しい名をつけなくてはならず、しかし名と引き換えに今まで全ての記憶を失ってしまうのだという。
少年がぬいを慕ったのは、なんとなく彼女の「孤独」なよーな気がする。
喪った家族らのせーで、彼女にぽっかりと空いた穴のよーなものに。
残るものはそれでもあるのではないのかとも思えるのだね。