戦火の中で生まれて死んだ。

西はオスカー・シンドラー、東は張学良、というふうに最近位置づけてみたり。
なにって民間人でありながら、かなり言いたいことやりたいことをやり通して、ともかくも、第2次世界大戦を生き延びてしまったヒト。
無茶、というよりシンドラーさんはまだ「狡猾」なのですが、張学良氏はどっかネジが外れているとしか言いようがない。


ネジが外れているというより、昭和天皇と同年、戦禍の真っ只中、それこそ戦争によってのし上がった父を持ち、軍の動かない時が一刻たりともなく育ち、付けられた師は軍指揮官。
という彼の価値観はあまり私たちと変わらない。
戦後、高度経済成長期すらすぎた、争うという概念すら薄い、バブル期以降の、戦争を知らない日本人の若造と、あまり大した違いがない。




戦禍の中で、彼は“気狂い”だと扱われ続けましたが。
まあ、、、その気持ちは正直わからんでもない。
日本人でも、ちょいと歳のいったヒトになると、もう不可解らしくて相手にしない。
扱おうとしたら馬鹿にされましたわー。かなり念入りに。


私には。
戦火の中で、どんな信仰にもどんな組織にも与さず、どんな人間の手でも時には受け入れ、自分の信ずるもののため以外のためには一切動かなかった彼が。
未熟であっても愚かであっても、よしんば「気違い」であったのだとしても。
どうして一言のもとに切り捨てられなくてはならないのかわからんのですがね。


誰かしらの、命と生活と。
その次に、誇りと信念のためだけに生きて。
戦後、彼が自由の身になってから日本に対して。
――自分を踏みにじり父を殺し、傀儡として扱おうとし、それが上手くいかなくなると力で追い立てて全てを奪おうとした国に対して。


「過去のことは忘れて、日本が兄。中国が弟であってもいいですよね」
などと言いましてね(日本の番組だ→)。
今考えると(当時は“歴史の生き証人すげー!!”だけしか考えられんでね)。


お前さん自身の記憶はどこやったぁぁ?!!


などと、思わず90歳オーバーのおぢいちゃんにも関らず、襟首がくがく揺す振って詰め寄っちゃいそうになるのですがむろんのこと大好きです。




そこまで図太いと、健全ちゅーより変態に近いよね(アンタもアンタで大概に口を控えたほうが。。。)という感慨もなきにしもあらずなんですが。
私は彼が好き。


身内の叛乱者(と言われている)を二人殺したあとは、誰も殺さない。
お前、自前の軍持ってるだろう、戦争仕掛けてるだろう、いつの生まれだーー。
つーか、ある時期から、彼の政敵(だと思うが、よーわからん)が彼に軍の指揮をさせたがらなかったらしい。という。
なんざそら?? な人生が大好きです。


私は、張学良のおかげで始めて、“戦争”が人間のものだと思えたのかもしれません。


だって、誰も彼もやることも言うこともなにもかもが狂っているのに、それが当り前のように受け入れられているのが戦争で。
ならばその登場人物は、悪魔とモンスターと、せいぜいあとは聖人くらいじゃないかと考えてしまっていたのですね。
でも、彼の言葉も行動も、どれだけ愚かで見当外れかもしれなくても理解出来ないことは一度としてない。




私は、彼の言動に大笑いしたことがありましてね。
そのあと、少し泣きました。
戦争が、愚かな人間の愚かな行為だなと、なんだか当然のようなことを思いました、彼が普通の人間だからなんとなく差異が目立つのかもしれません。


死ぬまで彼は、普通の人間のままだったんじゃねぇかと思います。
聖人ですらなく、そうだったらとっくの昔に死んでいたでしょう。


彼の死は、911テロルの少し後。
生まれてからは100年め。
貴方に見せるものが、最期の最後までこんなものでごめんなさいね。