「銀河ヒッチハイク・ガイド」ダグラス・アダムス

銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)

銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)

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巻末解説で、解説者が「ここが間違ってる!」と挙げた数値がどう読んでも何度読んでも「えー」としか思えないんですが、いや、確かに数値なしにしとけば無難な気はするんだけどなんで物価の変動によってビールの値段は変えるのに(ラジオ放送された時にねw)(本と違って古いものだっていう意識ないから親切じゃないかなぁ)、「こっからここまでなら光速で何秒だよ、全然違う!」というのは変えないのかと。
そんな瑣末なことどうでもいいじゃんと。


SFファンってあたまわるいよな(いやごめん、褒めてるの)。


でもさー、激しく明らかにそこじゃねぇ、と思うのは私だけか。
――宇宙にバイパスを作りますから地球ごと爆破しますよ〜♪


というところから(単に純粋に導入、これ自体はのちの会話とかにしか出てきませぬ、生き残り地球人らの人間関係くらいにしか影響ないんだよ!)、なんつーかいくらでも言うことあるんじゃないでしょうか。
なんて贅沢な地球の使いっぷりなの!


あと、どーもイルカは人間よりも知能が高いので、独自の手段で事前に地球脱出してたっぽいですよ。一応忠告はしてくれてたっぽいけど、残念ながら人間はそれに気付くことがなかったよーなのですよ。
いやまあ、そんなことはわりとどうでもいいんですが。




さて、どこが見所なのかと言うと、全体の雰囲気を支配する、いや、雰囲気どーとかではないかなぁ。登場人物らのほぼ全員に共通するっつーか、地の文まで支配するアイロニーっていうのかな、哀愁? いや感傷か? 皮肉かな(アイロニーってそういう微妙なニュアンスを全部含んでると思う、一回ずつは翻訳できるけどね)。


事態を語ってるだけのはずなのに、なんか微妙にしつこいというか。
なにがどうとは言わないが粘着質とゆーか。
生態も見た目も性質もグロテスクなヴォゴン星人が、実は本当に裏っ側に一抹の寂しさを持っていないわけじゃないってことは文章じゃなきゃ上手く現れなかったと思う。
てか、直球に書いてたらそれも多分駄目だった。
なんていうのか、感じ「させなきゃ」、ね。


(映画版ではここはあまりにも言動が極端すぎるが故のユーモアに置き換わってましたぜ、頑張ったなw)




地球を爆破される寸前に、そのことを友人になっていた宇宙人に聞かされ(てない)(説明は後回しにされました)、ヒッチハイクで地球を逃げ出しました。
堅物にも程があるヴォゴン星人(何故主人公差し置いて固有名詞)の船に、主に船主への嫌がらせ目的で拾ってくれる料理人たちのおかげで乗り込んで、バレて放り出されまして、そこをなんか半端なくすっげー低い確率でもって別の宇宙船に拾われました。


乗組員は宇宙人と地球人(+あれだ、憂鬱ロボットだ)、地球人と地球人は顔見知り、宇宙人と宇宙人は従兄弟同士でした。確率どーとかわざわざ言うな!


とりあえずこの話では、大統領(あとから来た宇宙船に乗ってた宇宙人)(宇宙でもっともといっていいくらいアレな感じのお人、頭二個ありマス)が、えーと、富と名声を求めて「うちゅうのしんじつ」を求めたコンピュータを探しに行くというエピソード。
いいじゃん、大統領じゃん、とか思うんですが歴史に残りたいんだってさ。


なんでも人間にはそこまで計算するコンピュータを作ることで出来ませんもので。
最高のコンピュータを作ってそのコンピュータに、それが可能なコンピュータの設計をさせるとか、当人が言い出しました(や、コンピュータが言い出した)。




話が進んでいくと真実どーでもいいじゃん、と多分読み手も思うんですが。
面白いのは登場人物もそう思ってるっぽいという。w
まー、大統領、富と名声とを手に入れるために「それっぽい」ものが欲しいっていうって言ってるだけだもんね。


しかし、コンピュータの設計に関った者らもそう思ってるっぽいのは予想外。
てかそもそも真実ってなんじゃ。
(つーか真実に至るための「問い」が作れないじゃん、というような、ちゃんと哲学っぽい経過もあるんだよ、あるけどむしろそんなのこの本では珍しくないし。)
(そもそも当り前の日常描写がなんかすでに哲学っぽい。)


マーヴィン(憂鬱ロボット、てかだからなんで固有名詞)が人間を通すたんびに喜びを感じる自動開閉ドアに嫉妬してるシーンがなんか可愛くて好きっす♥
これ映画になかったんですよねー、いや長くなりますが。


いや面白かったです。
しかしどこが面白かったかというと、、、やっぱり描写?
エピソード単位とか展開でって感じがどーにもしない。