第19話「復活の魔」

幽霊の小町さん回。
なんかなー、細川ふみえさん可愛いよなー、『デカレンジャー』のスワンさんも可愛いんだけどこういう立ち位置っていいよなぁ。もっと定番にならないかなぁ。


幽霊が肉体を伴い蘇りましたヨ、という回です。


どーいう幽霊なのかが全然説明されなかったのは潔かったよーな、気もしないでもないですよ、新撰組の格好をした人がいたのは明らかになにかがおかしいです、旅回り一座のヒトかなんかでしょうか。それにしたってもう少し格好を。。。
「ああ、町内コスプレ大会?」と言った婦警ちゃんの片割れのほーがどう考えても場に合っていたようにも思います。
小町さんがいなかったら状況把握しにくかったよな、、、これ。


しかし、彼女がそこに忘れられていたコートを着込んでケンジくんが、「おお、似合うじゃん」と褒めたシーンはそれ単体でも説明としても大変によろしかったです。
だって小町さん可愛いもん。
つーかこの方、かなり久々な気もします。
案外と画面に出てこない裏でケンジくん一人の時にはちょろちょろと現れていたよーな気もしますが(不動さんなら見えなくても信じてくれそーな気もするなぁ)、そんなふうに感じられるのは意外とルーティン・ワークがそれなりに描かれてたからかもしれません。
て、前回から褒めてばっかりですね。
まあ正直、それらの利点が生きる回って今までなかったからなぁ。




なんていうのかな?
目に見えるところが繰り返されているのと、そこから外れたもの、外れたものの闖入があってなお繰り返される同じものってのがあると、「見えてない部分」が想像しやすくなるというかね。
前触れなく出てきたものに、勝手に過去を感じるわけですよ。
難しいことではなく、あー、そこらにいたんだろうな、と思うというかね。


特撮の繰り返し戦闘が、こーゆー形で生かされたってのは、計算だとしたら結構すごいなー、という気もしますが、偶然のほうが嬉しいです、ハイ。いや、そこでそこまで考えてたなんてちょっと寂しいよっ(スタッフになにを期待しとる)。
ある意味で、戦闘そのものが「生活」と化しているというかね。


それは、単純なシリアス、戦うということの悲愴さを売りにしてる場合はむしろ致命傷ともなりかねませんが、まー、『リュウケンドー』の場合は無問題でしょうな。
最終的に職業ってのとも兼ね合う感じ。
(別に全肯定じゃないっすよ、でも戦闘と生活の両立という部分に関しては、結構前から違和感を感じたことはないんだよな、戦士であり町人であるって感じが。)




まあ、白波くんのとこにもご両親来てました。
お母さんキレイで若いねー、そりゃまあ、白波くんが少年時代に亡くなってるんだから三十代かそこらってところだろうしなぁ。お父さんのが影が薄いぜ。w
(まあ、子ども的にはそんなものか。ww)


んで、ケンジくんは小町さんと一緒に元凶がいるらしー場所に。


手をつなぐとかそーでないとかの会話は可愛いぞっ。
(手ぇつないだことがないのが心残りだったんだってさー。)
(でもあとで出てきた生前の回想シーンがちょっぴっと微妙だったぞっ、でも設定上、今と同じ年齢なんだろーから、撮り方か格好の問題だったのかね。)


まあ、この二人がぺたぺたしてた回だった模様です。
年齢差のことがあるけど(そんなに無茶があるってわけではないかな)、やっぱり、本来は幽霊だってことがエピソードを可愛らしくしてた気がするなぁ。ケンジくんが幼い印象ってのもあるだろうけどね。
この話に、大人びた恋愛を匂わせたらちょっとマズかったと思う。
いい年して、恋愛以前みてーな、てのが私的には実に良かった。




いやいや、なんか幽体がどーのの面倒くさい敵さんだったっぽく、なんか材料を集めるよーにと眼鏡の魔法にーちゃんに言われました。作ってたのがなにかは聞いてません。
説明してなかったかもしれません!(別にいらない)


その材料の一個を、小町さんが持ってたのを黙ってましたよ。


というのがラストで判明してー、な回。
もっとそのままでいたかった、あわよくばこのまま、と考えてしまったという告白も。
全体的に、実に可愛かった、敵は毎度のことながらどうでもいいんですが。
なかなか生身でも剣の使い方が様になってるなー、というのが、小町さんを守れてるなっ、というところにしか意識的に作用しなかったよーな気がします。


よく考えたら戦士はともかく、変身は特にいらないな(をぃ)。
ただ、ラストシーンのご両親を見送る白波くんと、ケンジくんとの飛行形態は非現実的な光景だってことも気にならんくらい奇麗だったよーな気もします。
や、暗くて見えなかったとも言いますか。